幸せを運ぶ☆ワクワクセラピー ソース

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インタビュー<日本エドガー・ケイシーセンター光田先生>

日本メンタルサービス研究所のインタビューで日本エドガーケーイシーセンターの光田先生の第一回目が配信されました。
インタビュースタッフとしてお話を伺うことになって初めて、いろいろ知りました。

催眠状態になると、別の人格になって難病の治療を話し、魂は転生するということを体現された方でした。
そのケイシーも、前世では、「透視のできるギャンブラー」だったという、驚くようなことが語られました。

また、ケイシーのようにリーディングをできるようになりたいという方には、
「霊性を高めれば、その方にあった能力が現れる」といい、ケイシーも一年に一回は必ず聖書をすべて読んだそうです。

いつの時代も素晴らしい方がいらっしゃるとうれしくなります。


第111回目(1/4) 光田 秀 先生 NPO法人日本エドガー・ケイシーセンター

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マンドリン定期演奏会

東日本大震災の後、都民ボランテイアをサポートする都庁の職員、社会福祉協議会の方々の移動支援で
陸前高田に数回行ったことがありました。

ボランティアをコーディネートする社会福祉協議会からは男性の方がいらしていましたが
一回だけ女性の方がいらしたときがありました。

朝早くから、夜遅くまで、本当にはハードに仕事をされていました。
地元の要望をまとめ、ボランティアの方々に割り振り、当日それぞれ地元の方には
要望通りになっているか、ボランティアの方には、何か困っていることは無いか、
聞いてまわるのです。

私はその移動の支援として、トラベルへrパーの「あ・える倶楽部」から派遣されていました。
運転しながら、「時間の経つのも忘れるくらい夢中になることは、ありますか?」と聞くと

「趣味でマンドリンをやっています。夢中になると、時間の経つのも忘れていますね」とおっしゃいました。
「年に一回定期演奏会をしています。今度、案内を送りますね」

そして、秋に招待状が届きました。
半年振りの再開、素敵なドレスに身を包み、美しい演奏でした。

N響の指揮者の方の私設ホールで、小さな落ち着く場所でした。
それ以来、11月になると毎年伺っています。

年に一度の再開、豊かなひとときです。

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ポーチお届け

倫敦工房の橋本さんから連絡がありました。

91歳のおばあちゃんの作ったポーチを南相馬市に届けていただきました。

91歳のS・Yさんは、3・11の後、「何かできないか」と考えられ、
ポーチを作り始めたそうです。

私が、Sさんのお嬢さんに都民ボランティアの移動支援に出かけたお話をしたところ、
「ポーチを届ける方法はありませんか?顔の見える渡し方をしたいのですが・・・」
と相談を受けました。

東京都社会福祉協議会の方に伺うと、「正規の方法では難しいでしょう。人数分ないと、配れないでしょう。」
ボランティアセンターに伺うと、「あそこのボランティアは、物を配っている。」といわれると困ります。
ボランティアは、「もらわない、あげない」を謳っています。とのことでした。

郡山に住んでいる姉に相談したところ、「うつくしまあーとキャラバン」という、
避難所に袋の小物つくりの講習会などをなさっている団体の方を教えてもらいました。

早速相談すると、南相馬市で、被災後、社会福祉協議会だけで、しばらく、運営されていた避難所の方が、
知り合いなので、そちらに届けて下さることになりました。

「そちらは、2000人の方が避難されていたところなので、せめて、1割・200個にしてから、
渡します。」とおっしゃって、ティッシュケースを作られて、数がそろったら渡されるとのことでした。

それからも、北海道や、小布施で展示会をされていたので、お忙しいのに、「私も、汗を流さないと」と
おっしゃって、つくってくださいました。

そして、この19日に3時間もかけて、お出かけになり、南相馬市に届けてくださいました。
こちらでは、高齢の方が、引きこもってしまわまないように、お茶会を毎週開いているそうで、
いらした方に、直接手渡ししてくださることになりました。

とても喜んでくださったそうで、新聞の方も取材に来てくださったそうです。

91歳になっても、誰かのためにできることを探して、行動されることを知り、
「まだまだ、これから」と、元気をいただきました。

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第17期都民ボランティア

第17期都民ボランティアをスタッフとして見届けてきました。

最終期ということで、ボランティアの方々はモチベーションが高く、素晴らしい方々でした。

もちろん、毎期、素晴らしいのですが・・・。

ラストの3日間お手伝いさせていただきました。

第6期、第9期と参加したときは、ガレキの撤去、支援物資の仕分け、炊き出しで、

被災された方々のケアをされていましたが、

今回、牡蠣のいかだ作りと、ホタテ・ワカメのいかだのアンカー作りという、

未来に向けてのニーズがあり、うれしくなりました。

そして、田んぼにひまわりを植えたいという声に、苗が1000株集まりました。

これは、都民ボランティアOBが夜行で、持ち寄って、耕して、植えつけるという

本当に自発的な活動になりました。

都民ボランティアという、きっかけが、歩を進めています。


お話を伺うことで、笑顔が戻ったおばあちゃんがいます。

気仙大橋がかかりました。

もちろん、まだまだのところも、たくさんありますが、

少しずつ、少しずつ、未来に向っています。


最終日には、大勢の方が見送ってくださいました。

宿泊させていただいたセンターの方々、そして、サプライズで幼稚園の園児達が花を付けて、

見送ってくれました。

ディリーヤマザキのスタッフの方、道に座って待っていてくださったおじいちゃんおばあちゃん、

HILL TOPのマスター、みんな手を振って見送ってくださって、涙涙でした。

そして、夜なのに都庁でも出迎えてくださり、先に泣く泣く帰られた、A社協のSさんもいらっしゃいました。

今回は、スタッフのかたも、皆さん志願で、本当に素晴らしかったです。


この活動が、また、再開されて、被災された方々が、ますます笑顔を取り戻し、

新たなつながりの中で、復興が進むことを願って止みません。

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都民ボランティア東北支援ドライバー

今回は、ひこばいの森交流センターに宿泊しました。
何度も、地元の方の会合が開かれていました。

海のために、森を育てる植栽の準備をされていらしたそうです。
広葉樹を植えて、落葉することによって、豊かな海が育まれる。

自然の循環はすごいなぁ~
そして、それを手伝うこの方々も、自然の循環の一部なのだと思いました。

夜、扉を明けていたら、ツバメが間違えて入ってきてしまいました。
桟にとまっていたので、そっと捕まえて外にでました。

手のひらを開くと、足を丸めて動きません。
「死んでしまったの?」と、思った瞬間、起き上がり、羽ばたいて夜の空に・・・・。
きっと怖かったのでしょうね。

スリムなハートの形の後姿、確かに、燕尾服にデザインをもらいたい気持ちになったのが、分かる気がしました。
無駄のない、キュンとした、野生の強さ、ちょっと憧れる。

そして、ご褒美のように、夜空に広がる天の川を発見、
もう少し星座の勉強をしておけばよかった、夏の大三角だっけ?アルタイルと・・・・・。

名前を勝手につけてしまいたい・・・。

3月の地震のすぐ後から、現地入りされてボランティアをなさっていたクリエイターの方、 
ルワンダ赴任からの3週間の帰国を利用して、ボランティアに参加されている方がいらっしゃいました。
素晴らしい方ばかりです。

社協の方と、ボランティアさんの様子を拝見したり、依頼者の方のお話を伺ったりするたびに、
人はすごいなぁと、感動します。

前回、準備していた足湯に参加できました。
年配の方の手や、足をさすってお話を聞いていると、
お孫さんくらいの足湯のスタッフが、一緒に涙ぐんでしまいます。

高田第一中学校避難所には慰問の方が多く訪れ、皆さんを元気付けて下さったそうです。
お絵かき帳に頂いた、サインを順番にみせてくださり、最後に、
「ここにサインを書いて」といわれたときには、「こんな素敵な方のサインの後には、書けない」と
お断りしても、「書いて、書いて」といわれるので、都民ボランティアの皆さんで書かせていただきました。

Sさんは、
「足の悪いお父さんが、『お前は先に行け』と、逃がしてくれたから、
お父さんにもらった命だから、好きなことをして生きていくの」
と、おっしゃいます。
聞いているうちに、一緒になって泣いてしまいました。

お父さん、見ていますか?
Sさんは元気に過ごしていますよ!

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